gifted childというものなど存在しない?

先日、なんだ、またですか〜? ┐( ̄ヘ ̄)┌とでも言いたくなるような記事を目にしました。

何だか最近、こういう傾向の文献をよく見かけるのですが、正直、個人的に(もぅ、ええ〜って
〜!)っとげんなりしてしまいます。

今時、専門家や研究者達の中で、”nature or nurture?"(氏か育ちか?)などと論争している人
などいないと思うし、大抵が”nature and nurture"の相互作用によって、個人の能力は発達され、
開花される、と言うスタンスだと思いますよ。


もちろん私自身、個人が最適なパフォーマンスや結果(アチーブメント)を出す為には、個人の
ポテンシャルを最善に開花させることを促進する、適切な環境やコンディション(後天的な要因)
が必要不可欠であると言うことは疑いのないことだと思っています。


でもこの記事を読んでいると、何だか”育ち”や”後天的な要因”の部分の重要さだけがやたらに強調
されていて、”生まれ持った素質”、”先天的な要因”が軽視、又は無視されているかのような印象を
受けましたね。


”生まれ”も”育ち”もどちらも大事、どちら一方がが欠けても、最適な能力開発、達成は難しいと
いうのは誰の目から見ても明らかだと思うのだけど、そう見えない人もいるんでしょうか。


私が感じるところでは、ここでいう”生まれ”(先天的なもの)は「生まれつきの能力」という意味
ではなく、「個人が生まれ持った、ある一定の分野においてのポテンシャル、適性、素質」という
意味で、例えば、∫は背は高くないし、コーディネーションが良くないし、反射神経も鈍いので、
”背が高くて、コーディネーション抜群で、反射神経も素早い”子に比べると、先天的にプロのバス
ケット選手になれる素質が欠けている為、どれだけ時間を費やし、努力をしたとしても、同じよう
に時間と努力を費やしたバスケの素質がある子のパフォーマンスには足元にも及ばないほど差があ
るはずだと思うんです。


一方、∫は小さい頃から(私の観察、及び、知能検査の結果によると、)パターン認識力や分析力、
論理的思考や処理能力、スピードに優れているので、数学の学習などの分野においては、それらの
能力やスキルを磨きやすい素質というものが備わっているのかも?(そういう脳の傾向で生まれて
きた?)などと思うのであります。

(ただ、∫は空間認識力が低いので、数学の分野でも、他に比べると幾何学関連はあまり得意では
なさそうですが。笑)


それらの生まれ持った「身体的、脳神経的な違い」、「ある一定の領域においての素質、適性」
の存在が、ハイ・パフォーマンス、アチーブメントの為には必要不可欠な”成分”の一つである、
というのは否定できないのではないかと思うのですがねぇ。

先天的な素質+後天的な要因=ハイアチーブメント

と、どちらも必要で、どちら一方が欠けていても、ベストな結果には達成できないのでは?と思う
のですが。

(まぁ、ある程度のレベルには達することができるでしょうが、一般に言う”ギフテッド”とか”タレ
ンティド”のレベルとは違う。)

この記事を読んでいると、”先天的な素質”の部分は関係ない、後天的な好条件が揃えば、誰もが
ハイアチーブメント(ギフテッドレベル)を達成することができる!と唱えているようで、

「それやったら、うちの∫も姿勢や取り組み方、訓練や努力次第でプロのバスケットボール選手に
でもなれるというんか???」

って、言いたくなりますが。

又、

”According to my colleague, Prof Deborah Eyre, with whom I've collaborated
on the book Great Minds and How to Grow Them, the latest neuroscience and
psychological research suggests most people, unless they are cognitively
impaired, can reach standards of performance associated in school with the
gifted and talented. However, they must be taught the right attitudes and
approaches to their learning and develop the attributes of high performers-
curiosity, persistence and hard work, for example- an approach Eyre calls "high
performance learning". Critically, they need the right support in developing
those approaches at home as well as at school."

(Why there's no such thing as a gifted childより抜粋)


とありますが、知的に障害がない限り、ほとんどの人が”ギフテッド&タレンティド”の学校の標準
的なレベルのパフォーマンスに達することができるとのことですが、それって、そのプログラムの
レベルや基準にもよるんではないですか?


(例えば、100点満点のテストだけど、”合格基準”(スタンダード)を50点と設定したら、ほとん
どの人が”スタンダードのパフォーマンスに到達している”とも言えるんじゃないですか?ある意味、
基準など、人が設定できる変換的なもので、絶対的なものではないだろうし。)


もし、アメリカの一般的なGTプログラムが、平均的なパフォーマンスより少し上の”平均以上”の
レベルに設置されているのであれば、もちろん、知的障害がない限り、大抵の人がある一定の環
境や努力次第で、”ギフテッド”レベルのパフォーマンスを示すのも決して難しいことではないで
しょうし。


逆に言えば、一般の知能を持つものであれば、努力次第でほとんどが達成できるレベルのプログ
ラムやカリキュラムなら、別にあえて”ギフテッド&タレンティドプログラム”と特定しなくても、
それは生徒皆に応用できることでしょうから、そんな特別なプログラムなど必要ないのでは?と
思うのですが。

どの生徒にもあらゆる分野において、それぞれユニークなポテンシャルがあると思うので、それ
らを発展させ、開花できるように親や教師はサポートしてあげればいいのではないですか?


この記事では親や教師など、子供の周りの大人が子供のアチーブメントやサクセスにおいて、大
きな影響を与える、(育ちが大事)ということを強調したいのはわかるのですが、(もちろん私
もその考えに同感です。)だからと言って、”Why there's no such thing as a gifted
child"などと、ギフテッドの子供の存在を否定するかのような、紛らわしく誤解を呼びそうな
タイトルはどうかなと思うのであります。

(記事を読ませる為に、わざとセンセーショナルなタイトルをつけたのでしょうが。)


それにこの記事では、”ギフテッド&タレンティドプログラムでのパフォーマンス”とか、ある一
定の分野での”達成”とか、将来のサクセスとか、”ギフテッドネス”(ギフテッドである事)を結
果やアチーブメントと同じ意味で捉えている感じがしてなりません。


サブタイトルの部分に、”...adults can help almost any child become gifted."とあります
が、ここで使われている”ギフテッド”って、単に、教育上においてのアチーブメントを指している
ような感じがしてなりません。


もし”ギフテッドチャイルド”が、アカデミックな上で優秀なパフォーマンスやアチーブメントを
見せる子供”という意味で定義されているのであれば、確かに、”生まれ持ったものは関係なく、
後天的な要因で誰もが”ギフテッドチャイルドになれる!”という主張は嘘にはならないかもしれ
ませんが。


でも私は、ギフテッドであることを、パフォーマンスやアチーブメントのみで定義づけようとする
のにすごく抵抗があります。


パフォーマンスやアチーブメントだけでみたら、何らかの理由でアンダーアチーバー(だけど素晴
らしい素質や可能性を秘めている)のギフテッドの子たちは”発掘”されることなく、GTプログラ
ムなどからもれてしまい、彼らに必要な援助やサポートが受けられなくなってしまうんじゃない
かと心配してしまいます。


記事の中に、本当に残念なことに、最近、癌で若くして亡くなられたフィールド賞受賞者の数学者
マリアム・ミルザハニさんの、彼女の経歴やアチーブメントについて、取り上げられていましたが、

”Maryam Mirzakhani won the Fields Medal, the mathematical equivalent of the
Nobel prize, but showed little maths ability to begin with."

とか、

”Mirzakhami, did go to a highly selective girls' school but maths wasn't her
interest--reading was. She loved novels and would read anything she could
lay her hands on: together with her best friend she would prowl the book
stores on the way home form school for works to buy and consume.

As for maths, she did rather poorly at it for the first couple of years in her
middle school, but became interested when her elder brother told her about
what he'd learned."


などと書かれていましたが、中学校の時に数学ができなかった(いい成績がとれなかった?)
というだけで、”showed little maths ability to begin with."って言い切ってしまうなど、
あまりにも早急に結論付けてません?


"did poorly"だけだと正確にはわかりにくいのですが、例えば、テストの結果や成績が良くなか
ったとしたら、それは”内容が理解できなかったから”なのか、それとも彼女にとっては既にわか
りきったことを延々、クラスに座って大人しく授業を聞かなければいけなかったので、学習意欲
を失って、悪い成績だったのか、それとも単にその時は数学に興味関心が湧かなくて、それが単
に成績に反映されていたのか…、ということなどわからないと思うんですよね。

(ここでも又、中学時代に数学が冴えなかった(did poorly)と、目に見える結果やアチーブメ
ントが欠けている=abilityに欠けている、と混乱しているみたいですし。)


それを早まった推測だけで、彼女は”子供の頃は数学の才能は見せていなかった”(でも大人にな
ってから後天的な要因で才能が開花して、天才的なアチーブメントを達成することができた。)
みたいに暗示したような書き方をして、そんなもん、中学時代は数学ができなかったけど、高校
時代には2年連続で国際数学オリンピックに出場し、金メダルを受賞するような人が一体、どれ
だけおるか?って聞きたいですよ。


また、別の例として取り上げていたアインシュタインに関しても、アインシュタインの脳は一般
とは違う(先天的要因である可能性)という部分などには触れず、子供の頃はどちらかと言うと
発達が遅れていて”unexceptional"などと表現しているなど、この記事を書いた人は、ギフテッ
ドはもちろん、2Eに関しての認識にも欠けているんではないか?と思ってしまいました。


州や学区、教育者、専門家それぞれによって、「ギフテッド」の定義はそれぞれ違うのでしょう
が、ギフテッド=「能力やパフォーマンス、アチーブメントを示している者」となってしまうと、
一般とは違った脳の傾向を持って生まれてきた特殊な人口が、彼らに必要な理解や支援を得る為
にはまた、別の呼び名が必要になるのかも?などと思ってしまうのでした。


もう、いちいちこう言った記事には反応しないようにしようと思いながらも、つい、またしても
一人でぼやいでしまいました。(^_^;)


The Curious Life of ∫より転載)

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by giftedinfo | 2017-08-13 07:05 | What is Gifted?

アメリカ在住。2e (Gifted & ASD)の子を持つママがこれまでネットや本、ペアトレ、ワークショップなどで収集してきたギフテッド/2Eに関する情報や、我が家が実際体験したギフテッド関連の事などを記録しています。My 2e kidのカテでは息子の自慢話も盛りだくさんですので、親バカ恐怖症の方は要注意!


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